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情緒と理性 〜人を突き動かすもの〜

あけましておめでとうございます。

高校受験生、大学受験生の指導が立て込んで、しばらくブログを更新できずにおりました。

私立高校受験、センター試験と一月もバタバタと過ぎていくのだろうと思いますが、

自分の目標に向けて集中して取り組む子どもたちに、今の自分に出来得る精一杯のことをしていこうと思います。

三月までほぼほぼ休みが無い生活が続きそうです。

 

=理性>情緒=

子どもたちの学習指導をしていると思うことがあります。

だいぶ以前からの傾向ではありますが、進路選択で理系を希望する子どもが確実に増えています。

以前は文系を希望する割合が高かった女子でも、哲学、歴史、宗教、美術、文学などの文系分野を希望する学生は減少傾向にあり、

理学、工学、医療分野などの社会に出て即役に立つ度合いが高い、実利的な学部を希望する傾向があります。

個人的には、哲学や歴史、宗教、文学などは、私たち人間とはいったい何者なのかを理解するために大いに役立つ学問であると感じますが、

そういう学問領域よりも、社会に出てからすぐに役に立ちそうな学問領域を選択する傾向が強まっていると感じます。

この傾向を加速させるように2022年から高校の国語教育も変化します。

現行の国語では、必修科目として国語総合、選択科目として現代文A、現代文B、古典A、古典B、国語表現という科目が設けられていますが、

新課程では、必修科目として現代の国語、言語文化、選択科目として論理国語、文学国語、古典探求、国語表現という科目分けがされることとなります。

現行課程の現代文A、Bを、小説、詩、短歌、俳句などを学ぶ文学国語、評論文を学ぶ論理国語という二つのカテゴリーに分けるということですが、

現場の先生からは大学受験の出題傾向を受けて、多くの学校は論理国語と古典探求を選択し、文学国語は選択されなくなるだろうと言われています。

そもそも、人が書いた文章の真意を深く理解するためには論理的思考力と情緒的成熟の両方が必要になるはずで、

それを二つに分けてしまうこと自体に私はだいぶ違和感があるのですが、、、。

この情緒を軽んじ論理を重んじるという傾向は何も、勉強の世界に限った話ではなく、それが世の中全体の大きな流れなのだと感じます。

例えば何かモノを買う時も、知り合いのお店にお金を落とすより、大型量販店で一円でも安い商品を購入することが、消費者として正しい振舞であるという信憑が世の隅々まで広く行き渡っています。

今働く人の四割弱を非正規労働者が占める時代ですが、派遣社員や契約社員を増やしたほうが、企業の人員調整がしやすく、人件費も抑える事ができます。

その分自社で働く労働者の雇用は不安定になりますが、情緒よりも論理・理性を重んじる世の中ではそれは政治的に正しいふるまいと評価されます。

このように世の中全体が、情緒的なものより論理的・理性的なものを評価する時代になっていますが、私は「大丈夫ですか?」と言いたくなります。

私は大学で環境問題について学んできました。

大学を卒業してからも環境分析の仕事に携わってきました。

そして今、不登校、引きこもりという世の中から問題視される現象と関わっていますが、

環境問題も不登校、ひきこもりも根は一緒の問題だと感じています。

どちらも対象への表面的理解がもたらしている、という点で同根だと考えるのです。

続きます。

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