ついこの前年が明けたと思っていたら、もう三月も終わり。
30歳を過ぎたあたりからでしょうか、時間の経過を早く感じるようになりました。
今は受験生の指導も一区切りし、ややゆったり目のスケジュールで過ごせています。
お陰様で今年担当した受験生は、すべて志望校に合格できました。
ただ、振り返ればまだまだやれることはあった、そんな思いも残っています。
満足したら終り、そう自分に言い聞かせ続けようと思います。
~「勉強しなさい!」は逆効果~
お子さんの将来を心配するが故に、親御さんが度々口にする言葉が、「勉強しなさい!」です。
ただ、親御さんから「勉強しなさい」と言われて、勉強するようになった中高生を、私は今まであまり見かけたことがありません。
むしろ逆効果になっているんじゃないか、と思うことさえあります。
そんなことを書きながら、私自身がこの仕事を始めたばかりの頃、子どもたちに対して、
度々「勉強しなさい!」と言っていました。
言われたときは「はい!」と返事をするものの、やはりその声掛けで勉強するようになった子はあまりいませんでした。
これをやれば成績が上がるはずなのに、やりなさいと言ってもやらない。
何でなのか訳が分からず、悩むことが度々ありました。
~正論は届かない~
そのころの私は、まだまだ人間に対する理解が浅かったのだなぁ、と今になれば思います。
人間はコンピューターのプログラムではありません。
指示をしたからとて、決してその通りに動くわけではない。
そんな簡単なことも分かっていませんでした。
「届く言葉、届かぬ言葉」とタイトルに記しましたが、
どういう言葉が届くのかを一言で言い表すことは難しいですが、
届かない言葉を一言で言い表すことは出来ると私は思います。
それは、上から目線の正論です。
私が人間の器が小さいだけかもしれませんが、人様から正論を言われるとカチンっとくることがあります。
私だけでしょうか?
私だけではないと思うのですが、いかがでしょうか?
ましてや、大人から精神的自立を果たそうと葛藤する思春期の中高生に対して、
上から目線の正論が聞き入れられる可能性は極めて低いと私は自分の経験に照らしても思います。
届かぬ言葉は上から目線の正論。
それでは届く言葉とは何か?
届く言葉は本当に多様で、一言で言い表せるのもではありません。
ただ、自分の経験上、これは、と思うものはあるので、次回はそのことを綴ろうと思います。
続きます。