お子さんの不登校に悩まれる親御さんのお話を聴かせていただいていると、
「私が悪かったから、、、」
「私が至らなかったから、、、」
と、ご自身を責めていらっしゃる方が多いと感じています。
前回のブログでは、
「私が悪かった」という時の「私」とは私がすべて自己決定してきたものではなく、
私を取り巻く自己決定できない様々な要因、
例えば、生まれた時代、生まれた国、生まれた家、天災、事故、ケガ、病気など、
私を取り巻く様々な環境から強く規定されるものであるということを綴りました。
科学技術が進歩した現代では、もちろん自己決定できることも増えてきたとは思いますが、
それでも自分の力では決定することのできない様々な要素があり、
その様々から好むと好まざるに関わらず様々な影響を受け、
日々をどうにか生きているのが私たち人間ではないでしょうか?
今日のブログでは、私たちを取り巻く環境と不登校の関係を見ていきたいと思います。
~父という環境~
児童精神科医の佐々木正美先生は著書「抱きしめよう、わが子のぜんぶ」の中で、以下のように述べておられます。
“子育てというと、どうしてもお母さんにばかり責任の矛先が言ってしまいがちですが、
私は子どもがうまく育たない家庭の責任の80%は父親のほうにあるのではないかと感じています。”
子育ての問題の80%は父親の方に問題がある。
私もこの間父親になったばかりなので、そんな風に言われると辛いのですが、
私の子どもの頃を思い返してみると、父が仕事で疲れ果てて帰ってくると、
母もつられて元気がなくなり、家の雰囲気全体が重くどんよりとしてしまっていたことをよく覚えています。
父親の状態が母親に伝わり、その母親の雰囲気が子どもに伝わり、家の雰囲気が重苦しいものになる。
私にはそんな思い出があります。
今書きながら思い出しましたが、ゲーム依存が起こりやすいご家庭の特徴として、
ダメなものをダメと叱る父性が不足しているという傾向があります。
そういうことを考えると確かに、子育てにおける父親の影響は本当に大きいと感じます。
子育てにおける問題の80%は父親に問題がある。
そうであるならば、「お父さん、しっかりしてくださいよ!」と注意すれば解決でしょうか?
そういう話ではありません。
「私は、私と私の環境である。」という前回のブログの言葉を思い返せば、
父である「私」も「私の環境」から様々な影響を受け、今の「私」として在る訳です。
それでは「父」を取り巻く環境、つまり大人の社会が不登校とどのように関係しているのかを見ていきたいと思います。
~不登校が増えた時期~
不登校問題に長年関わってこられた臨床心理学者の高垣忠一郎さんは、著書「共に待つ心たち」の中で以下のように述べておられます。
“73年にオイルショックがあり、高度成長の時代が終わって低成長の時代に入りました。
企業は競争に勝ち抜くために、減量経営といって従業員の首を切ったり長時間過密労働を強めていきました。
その75年以降登校拒否は急増しているのです。”
また文部科学省が作成した、「不登校の子どもの割合の推移」のグラフを見ると、
バブル経済が崩壊し、不良債権を抱えた銀行の破綻やリストラが相次いだ1991年~2001年にかけて、その割合が急増していることが分かります。
これら二つの現象は、日本の経済が疲弊し、大人の労働環境が悪化することと同期して起きていると言えます。
つまり、大人の社会から余裕が失われ、そのしわ寄せが子どもたちの世界に波及し、不登校という現象が増加しているということです。
私は仕事柄、不登校になった子どもたちと接する機会がありますが、彼らの特徴として、感受性が豊かだったり、人一倍優しい性格だったり、ということが挙げられます。
そのような才能や人間的魅力を抱えた子たちだからこそ、大人の社会の余波を受け、ピリピリとした雰囲気が漂う教室にいられなくなってしまうのではないでしょうか?
~不登校は個々の家庭の問題か?~
今まで見てきたことから考えるならば、不登校というのは、すべてがそうとは言い切れませんが、
個々のご家庭の問題であるというより、大人の社会の問題の反映と言えるのだと私は感じます。
だから、お子さんの不登校に悩まれる親御さんにお伝えしたいのは、どうぞご自分を責めないでください、ということです。
感じるものに感じ入る豊かな感性と、人を思いやる想像力と優しさを持つがゆえに、
過度に競争的な教室のストレスに耐えられなくなっている子が多いように私は感じています。
そのような才能や人間的魅力を備えているのは、今までの親御さんの素晴らしい子育てがあったからこそ、ではないでしょうか?
だからどうぞ、「私が悪かったから、、、」などとご自身を責めないでください。
バブル崩壊以降、ずっと「経済成長、経済成長!」と声高に連呼し、まるで経済が成長すればありとあらゆる問題が一挙に解決するかのような政治的主張を、
私たちは絶えず耳にしてきましたが、一向に景気は良くならず、経済も成長しているようには思えません。
成長する余地もない経済を成長させようとして、その中で苦しむ人を作り出しているようにさえ感じます。
加えて世界の人口が今70億人を超え、環境の悪化、資源の枯渇が危惧されている今、成長することが本当に人間の幸福に寄与するのか、私は疑問でなりません。
そういう大人の社会が抱える様々な問題が、めぐりめぐって子どもたちを生きづらい環境に追いやっているのではないでしょうか?
不登校は子どもたちの問題ではなく、私たち大人が引き起こしている問題。
私はそう確信しています。
変わるべきは、子どもたちではなく、まず大人です。