様々、悩みを抱えていらっしゃる方のお話を伺っていると、
「かくあるべし」という価値観が人を苦しめているのだと感じることが多いです。
社会人とは○○であるべき
男とは○○であるべき
女とは○○であるべき
親とは○○であるべき
結婚するべき
子どもを産むべき
学校へ行くべき
みんなと仲良くするべき
私たちは、知らぬ間に様々な価値観を取り込み生きているのだと思います。
私は高校時代、最後に書いた「みんなと仲良くするべき」に苦しみました。
小学校、中学校と山の中の全校生徒10数人の集団で育った私は、
高校から生徒数1000人規模の大規模校を初めて経験しました。
1クラス40人弱の集団で、様々な人と分け隔てなく仲良くしようと頑張りましたが、
しんどくてしんどくて毎日本当に嫌でした。
小学校で習う唱歌に「友達100人できるかな」という一節がありますが、
この歌詞には「友達は多いほうがいい」「みんなと仲良くなるべき」という予断が含まれています。
大人になって分かったことですが、誰とでも仲良くなるなど無理なことです。
気の合う人もいれば、気の合わない人もいる。
いろいろな人と当たり障りなく過ごすことはできても、仲良くなることまでは無理。
それが当たり前なのだと、大人になって社会に出てから初めて知りました。
だから私は、友人関係で悩む子どもには、「無理してみんなと仲良くならなくてもいいんだよ」と伝えるようにしています。
それではなぜ、「誰とでも仲良くなるなんて無理だよ」と子どもに正直に教えないのでしょうか?
なぜ「みんなで仲良くやりましょう」と大人でも実現不可能な価値観を植え付けるのでしょうか?
それはその方が、システムをコントロールする人間にとって都合がいいからです。
学校で言うならば、みんなが仲良くしてくれていたほうが、先生にとって都合がいいからです。
私たちが知らず知らずのうちに握りしめ手放せなくなった「かくあるべし」という価値観には、
概してそのようなものが多いのではないでしょうか?
続きます。