変化の時代 ~ベルトコンベヤーはもう動かない~

お陰様で、先日息子が生後四か月を迎えることが出来ました。

日に日に大きくなり、出来ることも増えてきました。

生まれたばかりの頃は、呼びかけても無表情でポカーンとしていましたが、最近は笑顔で応えるようになってきました。

近頃は、自分の手でおもちゃをつかんでべろべろ舐めまくるという遊びにハマっているようです。

自分の子どもが生まれてから、前にも増して子どもが子どもらしくのびのびと生きられる世の中であってほしい、という思いが強くなりました。

伸び行く子どもの姿から学び取ることが多い日々を過ごしています。

 

~変化の時代~

私がまだ子どもだった頃のことです。

良い学校を出て、大きな会社に入って、そこで定年まで働いて、老後はマイホームでのんびりと過ごす。

そんなキャリアパスが現実味を持って語られておりました。

高度経済成長の終焉、バブルの崩壊、新自由主義の台頭を経て、そのようなキャリアプランは過去の遺物と化してしまいました。

今、働く人の4割弱が非正規雇用者で、年金だけで生活できずアルバイトをされている高齢者も沢山見かけるようになりました。

安定した雇用環境があればこそ、消費も増え、家庭を持ち、家を建てることもできたでしょうが、そのようなことがもう当たり前にかなわない時代に突入してしまいました。

いい学校、いい会社というキャリアパスが崩壊したのなら、もう学んだって意味がないじゃないか、という言葉も聞えてきます。

私はそうは思いません。

 

~考えることが必要な時代~

どう生きるべきか?

一昔前の日本は、その道筋を社会が用意してくれていました。

せっせと受験勉強に精を出し、いい学校に入り、いい会社に入り、年功序列で賃金があがり、

という流れに身を任せていれば、個々人が深く考えずとも生きていける時代でした。

今の世の中は、その大きな流れがもう機能を果たしてはいません。

身を任せていれば目的地まで連れて行ってくれるベルトコンベヤーは、もうその動きを止めてしまいました。

そんな時代であればこそ、私は学ぶ必要があるのと考えています。

なぜならば、一人一人が考えなければならない時代に突入したからです。

 

「考える」「考える」と綴ってきましたが、それでは「考える」とは具体的にどのようにすることでしょうか?

「考える」ために必要なこととは何でしょうか?

続きます。

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