学校教育は洗脳などではなく、子どもたちの考えるための土台を築く素晴らしい内容であること。
そしてその素晴らしさに気づき辛いのは、学校教育が万人に等しく教育の機会を与える、非常によくできたシステムであるから、と述べてきました。
前回は他言語を学び取ることで、私たちが何を得ているのかを考えてみました。
今回は私も大好きな歴史を学び取る意味を考えてみたいと思います。
=愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ=
歴史を学び取る意味。
その第一は先人のトライ&エラーから学べるということです。
例えば1600年、関ケ原の戦い。
西軍の大将石田三成は豊臣秀吉の遺言を忠実に守り、言っていること、やっていることは論理的に正しいのですが、
その正しさばかりを振りかざす態度から、周囲の武将たちに嫌われ、人心は離れていってしまいます。
一方東軍の徳川家康。
秀吉の遺言を破り、やりたい放題にも関わらず、豊臣恩顧の大名たちまで味方に引き入れ、戦に勝利、天下統一を果たします。
石田三成が見逃し、徳川家康に見えていたもの。
それは人間は理屈ではなく、感情で動くということです。
三成より家康の方が人間に対する理解が深かったということですね。
このように過去の歴史を振り返ることで、先人たちが積み重ねてきた膨大な試行錯誤から、
今を生きる私たちはたくさんのことを学び取ることが出来るのです。
=文脈の中で物事を見る力=
二つ目は文脈の中で物事を見る力を養えることです。
1937年、盧溝橋事件をきっかけに日中戦争が開戦。
1941年、パールハーバーへの奇襲作戦から太平洋戦争開戦。
アメリカ、イギリス、中国、オランダ、フランス。
世界を敵に回してなぜ日本はこのような無謀な戦争に突入したのでしょうか?
日中戦争、太平洋戦争という二つの事柄だけを見ていたのでは、その理由は見えてくることあありません。
日清戦争、日露戦争という二つの大国を相手にした戦争で勝利したことで、日本国内では軍部がその発言権を増し、武力をもって政党政治を無力化し中国に対して強硬な態度を強めていったこと。
日本が中国でその存在を増すことを嫌ったアメリカが、日本に対して石油や物資の輸出を取りやめたこと。
打開策として南方に進出した日本に対して、ABCD包囲網を敷き経済封鎖を図ったこと。
そういう流れまで見たときになぜ日本はあのような無謀な戦争に突き進んでしまったのか、その真意が初めて見えてきます。
目の前で起きた出来事の理由とは、その出来事自体だけを見ていても分かりません。
その出来事がどういう背景をもとに起きたのか、そこまで考えて初めて見えてくるものです。
歴史を学ぶことで、このような文脈の中で物事を見るという力が養われるのです。
=今を客観視する力=
三つ目は今という時代を客観視する目を養えることです。
国政選挙の度ごとにその低い投票率が話題に上りますが、そもそも日本では一定の納税額以上の25歳以上の男子にしか、選挙権が認められていませんでした。
ようやく20歳以上の男女に選挙権が認められたのは、終戦後の1945年のことでした。
また今はブログ、SNS、さまざまなイベントなどで、自分たちの考えを世の中に対して自由に発言できますが、
以前の日本では1925年に制定された治安維持法によって、政府の考えに反する発言や活動は厳しく監視され、
違反者は特別高等警察に逮捕され、蟹工船を記した小林多喜二のように拷問を受けたり処刑されたりしていました。
今私たちに当たり前に与えられている、男女平等の選挙権、集会、結社、発言の自由は、歴史を振り返れば決して当たり前のことではないと気づけます。
そして一人一人が、この勝ち得た権利を大切に守ろうとする強い意志を持ち続けねば、また失われる可能性があるということにも。
そういう視点は今という時代しか知らない人には決して持ちえないものです。
私が考える歴史を学び取る意味。
1、先人のトライ&エラーから学ぶことが出来ること
2、文脈の中で物事を見る力を養えること
3、今という時代を客観視する視点を持てること
これはあくまでも私が考える意味でしかありません。
子どもたちと一緒に勉強していると度々、学ぶことの意味が分からないという質問を受けます。
人は意味が分からないことには十分な力を発揮できないものです。
だから周りの大人は、子どもにその意味を伝える必要があるのです。
そのためにもまずはご自身で一度なぜ学ぶのかを考えてみてほしいのです。
そしてそういう大人の自ら考える姿が、子どもたちを学びの世界へと誘うことに繋がると私は考えます。
次回は、数学、理科を学ぶことで得られるものについて考えてみたいと思います。